函館地方裁判所 昭和44年(わ)147号 決定 1969年12月05日
被告人 D・N(昭二六・三・二〇生)
主文
本件を函館家庭裁判所に移送する。
理由
本件公訴事実の要旨は、「被告人は、昭和四四年三月○日午前四時頃、以前に店員として稼働していた函館市○○町○○番○号有限会社○井運動具店(代表取締役○井○吉)店舗内において、レジスター抽斗から同社所有の現金二、〇〇〇円位を窃取し、さらに右店舗奥の○井○夫方寝室にその日の売上金を入れた鞄があるのを知つていたところから同寝室前に至り、同寝室内に同人の妻美○子(当二八年)が枕元にその鞄を置いて子供二人と共に就寝中であるのを認め、もし同女に気づかれたときには同女を脅迫して右鞄を強取しようと決意し、右寝室手前の台所から菜切包丁一丁(昭和四四年押第五六号の一)を持ち出して右手に持ち、右寝室入口のガラス戸を開けて足を踏み入れた際、その気配を感じて目を覚ました同女に発見されたので、ここに強取の犯意をもつていきなり同女に襲いかかり、驚いて掛布団を顔に引き上げて隠れた同女めがけ、掛布団の上から所持した右包丁でもつて数回突き刺す暴行を加え、同女をして殺害されると極度に畏怖させてその反抗を抑圧したうえ、枕元に同女が保管していた同社所有の現金四二、〇〇〇円位および額面二八、〇九〇円の小切手一枚在中の手提鞄(時価一、〇〇〇円相当)を強取し、その際右暴行により同女に対し、全治一〇日間を要する左前腕部切創の傷害を負わせたものである。」というのであつて、右事実は当公判廷で取調べた各証拠によつてすべて認められるところであり、弁護人および被告人もこれを争わないところ、被告人の右所為中前段の行為は刑法二三五条に、後段の行為は同法二四〇条前段にそれぞれ該当するが、それらは包括して同条前段の強盗傷人の罪の刑で処断すべきものである。
そこで、以下被告人の処遇について考えてみる。被告人は、中学校を卒業後高校進学を希望したがその受験に失敗し、昭和四一年四月市内の□○電気株式会社に電気配線工事見習いとして就職し、その頃同僚等に誘われて喫茶店やダンス・ホールに出入りするようになり、仕事にも熱中できず、二年勤めた後、同社を退職して○○オー○○原商店の外交員となつたが、仕事が面白くなく二ヶ月位後に退職し、昭和四三年七月頃から有限会社○井運動具店の店員として稼働するようになつたが、そこも格別の理由もないのに一ヶ月位して辞め、喫茶店「○ロー」のバーテンを一時してみたもののこれも長続きせず、結局同年一〇月ころ再度○井運動具店に勤めることとなつた。この間被告人はさしたる理由もなく家出を繰返していたが、勤務先の○井運動具店で現金の盗難事件があり、以前被告人が同店の現金を盗んだことがあつたところから被告人がその嫌疑を受け、同店に居辛くなつて昭和四四年三月○日無断で同店を辞め、同月三日母親に黙つて宮城県の祖母の許へ家出し、一旦祖母から諭されて帰函したものの母親に叱られるのが嫌で家に帰る気もせず早朝の街を歩いているうち東京方面へ行くことを思い立ち、その旅費欲しさから本件犯行を犯すに至つたものである。
被告人は、鑑別の結果や右の経歴自体からも明らかなように、その年齢からすれば精神面において全体として極めて未熟というべく、気分易変性が強く情緒不安定でこれという理由もないのに不機嫌な状態になり、自己中心性が強く不平不満をもちやすい反面快楽への欲求が強く、盛り場をなんとなく徘徊したり理由もなく家出をし、遊びへの志向は相当に深い。そして男性的な積極性、外部への働きかけには極度に欠けるところがあり、逆に外部の影響、不良交友からの感化を受け易い。以上のような性格の形成は、中学校への学校照会書に対する回答の内容、また相当程度の知能を有しながら小中学校の学業成績が極度に振わなかつたなどの点からもみられるように幼い段階で既にその一端を窺うことができるが、より直接的には高校進学に失敗したために保護者、被告人にとつて不本意な就職をする破目となつたことや性格そのものの弱さからくる被告人の不平不満、職場環境への不適応、それと裏腹の快楽への志向性などに対して保護者等がいたずらに厳格になり、叱責を繰り返すのみで適切な対応策を採り得ず、結局被告人の人格形成に最も大切な時期に強力な指導がなされないまま、前記のような生活を続けざるを得なかつたことがその一因をなしているように思われる。
本件犯行は、まかり間違えば人命にも関りかねない危険なものであり、その罪責は極めて重いといわねばならないが、被告人がはたしてその責任の重大性を真に自覚し、一二分に反省しているか疑わしい面も窺えなくはない。なるほどそれらのことは第一義的には被告人の倫理感の欠如からきており、被告人自身が責を負うべきは当然であるが、しかし反面それは、被告人の前記のような一八歳という年齢の割合には極度の精神的未熟さの故であり、また保護者等の罪に対する意識ないしは自首させる際の方便としての説得の仕方にも影響されているように思われるのであつて、右のような事情をすべて被告人に不利に、換言すれば保護処分に不適であると断ずる理由とすることにはちゆうちよせざるをえない。のみならず、被告人は過去に被保護歴がなく、また本件犯行後東京へ逃走中暴力団の組員と交際をもつたが、これに嫌気がさして函館に帰り、動機はともあれ自ら警察に出頭したものであることなど更生への意欲もある程度みられ、前記中学校からの回答書や鑑別所における行動観察によれば、比較的素直、従順であることが認められること、また一方犯行時一七歳、現在でも一八歳という同人の年齢等をも勘案し、かつ前記同人の性格、その他行動、生活歴等を対比すれば、その非行への傾斜は未だそれほど深いものとはいえず、保護処分による矯正が困難とまでは到底認められないし、またその性格的欠陥も必ずしも抜き難いものとはいえない。
被告人の本件行為が前記のように非常に危険なものであつたとはいえ、幸い重大な結果は回避され、また被害弁償もすでになされているのであるが、かりに本件で被告人を刑事処分に付するとすれば、少年の故をもつて酌量減軽してもなお短期三年六月以上の不定期刑という重刑を科せざるを得ず、かかる措置は右のような性格、経歴を有する年少の被告人に対して適切な処遇と認めることはできない。加えて、被告人は、長期間にわたる勾留、観護措置等による抱束や当公判廷における検察官の各立証、証人尋問それに加えて厳しい論告、求刑を経験し、一方ではそれに対応する弁護人の弁論、さらには母親の当公判廷での証言などを通し、本件罪の本質、その責任の重大性を十分自覚しえたものと考える。
なるほど、本件犯行の危険性を考え、その現場が函館市内の最も繁華街に位置し、被害者が元被告人の雇主の妻であつたことなどに照らすと、被害者はもとより社会全体に与えた影響は甚大なものがあつたことは推測するに難くないが、前記認定の諸事情を勘案するとき、その罪責の重大性、責任の自覚において欠けるところがあるとして被告人に対し保護処分による更生を断念するのは現段階においては尚早であるというほかなく、今後施設収容等による強力な保護、訓育を試みてその非行性を除去し、かつ、その保護者らも含めた意味で生活環境を調整することによつて被告人を更生の途に進ましめるべく努力するのが相当であり、この際被告人を直ちに刑事処分に付するよりも、むしろ保護処分による強度の矯正教育を施すほうがより適切な処遇であると考える。
よつて、少年法五五条を適用して、本件を函館家庭裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 荒石利雄 裁判官 鈴木経夫 河村直樹)
参考
受移送家裁決定(函館家裁 昭四四(少)一六七二号 昭四四・一二・九決定)
主文
少年を中等少年院に送致する。
理由
(非行事実)
少年は昭和四四年三月○日午前四時ころ、函館市○○町○○番○号有限会社○井運動具店の店舗内レジスター抽斗から同社所有の現金二、〇〇〇円を盗み、さらに同店舗奥の○井○夫方寝室内にある売上金在中の鞄を盗もうと同室前に至り、同室内に同人の妻美○子(二八歳)が枕元にその鞄を置いて子供二人と共に就寝中であるのを認め、もし同女に気づかれたときには同女を脅迫してその鞄を強取しようと決意し、台所から菜切包丁一本(昭和四四年押第一五六号符号一)を持ち出して右手に持ち上記寝室内に足を踏み入れた際目を覚した同女に発見されたので、いきなり同女に襲いかかり、掛布団で隠れた同女めがけ掛布団の上から右包丁で数回突き刺し、同女の反抗を抑圧したうえ、枕元に同女が保管していた前記鞄(現金約四万二、〇〇〇円および金額二万八、〇九〇円の小切手一枚在中)を強取し、その際上記暴行により同女に対し加療一〇日間を要する左前腕部切創を負わせた。
(適条)
主文 少年法第二四条第一項第三号
非行事実 刑法第二四〇条
(処遇上の問題点)
少年は知能は普通域にあるが、情意が極めて不安定で、中学卒業後の職歴や生活態度も極めて不安定、不健全であつたことが認められ、社会性に甚だ欠けていることが明らかである。非行前歴こそないが、表面化しなかつた窃盗非行や顕著な虞犯傾向が前々から見られたことも、本件を機に明るみに出された。保護者も少年の指導に関心はあるが、その指導方針は必ずしも適切ではなかつた。少年の更生のためには、専門施設における強力かつ一貫した生活指導と適切な職業訓練が必要であると認められる。
なお、本件非行は甚だ悪質であるが、これに対する少年や保護者の反省は、当初はまことに不十分であつた。しかし、本件により一旦刑事裁判の法廷に立たされ厳しい論告求刑を経験した結果、少年はようやく事の重大性に目覚め、保護者もまた事態の認識を新たにし、少年も保護者も共々、すすんで少年院における指導に服して確実な更生への第一歩を踏み出そうと決意するに至つている。
(裁判官 友納治夫)